絶品日記

正しいカレーみたいなブログ

2018年6月11日 キャッチセールス

今日頑張ったこと
眠かったので今日はこのコーナーはおやすみです。

 特に話題を思いつかなかったので、キャッチセールスに引っかかったときの話をします。たぶん世の中の大抵の人はキャッチセールスにあっさり引っかかるほど愚かではないので、キャッチセールスに引っかかった体験はあまりないものだと信じたい。みんなが引っかかっていたらこのレポートにはなんの面白みもなくなってしまうので、皆さんがキャッチセールスにあっさり引っかかったりしない賢い人間であることを祈っています。

 だいたい二十歳ちょうどの頃に、基礎化粧品のキャッチセールスに引っかかったことがある。
 レ○プ未遂に遭って、悪徳AVスカウトにも引っかかって、ナンパされていることに気付かず家までついてこられそうになって、お前はそれでも懲りないのかと言われそうだけど、この時の私は盲目的な恋をしており、綺麗になれるという言葉に勝てなかったのだ。
 そういうわけで、お姉さんが私を駅近くのビルに案内する。めっちゃオシャレな空間に連れ込まれる。
 そこからは、肌の検査をして「この光っているところが将来シミになるところです」と言われたり(仕組みの説明もないし間違いなくインチキ検査だけどすらすら喋ってすぐに椅子に戻らせて口を挟む隙を与えないのだ)、その人ごとの肌に合わせて作っていることなどスペシャルな逸品であることを語る。「朝お化粧をしようとしたら化粧水を切らしているなんてことありますよね?そういうときに困らないように定期購入をしていただきます」というあるある例の挙げ方とか、実によくできている。それから価格説明に入る。
 ここで正直なところを言うと、オフィスに連れ込まれた瞬間にはさすがの私も騙されたことを悟っていたので、早く帰らせてほしいということしか頭になかった。
 一切口を挟む余裕のないまま基礎化粧品一式の定期購入の支払いシステムまでひととおりの説明が終わる。ここでようやく喋る暇が与えられる。説明を聞くだけで既にぐったりしていた私はようやく解放されると一安心する。安心するのがまだ早かったなんてその時の私は知らなかった。
「ごめんなさい、お金がないので今はちょっと無理です」
 ここからお姉さんが本気モードに豹変する。
 このとき季節は冬で、私は叔母が押し付けてきた高級品らしいコートを着ていた。叔母はよく「買ったけどやっぱり要らないからあげる、高級品だよ」と私に服やらバッグやらをくれるのだ。もうちょっと考えてから買い物をしたほうが良いんじゃないかなと思う。
「そのコートはいくらで買ったものですか?」
 高級品らしいコートに目をつけたキャッチのお姉さんが言う。そんなこと言われても、何万円かする、ということしか知らない。ブランドもよくわからない。コートの下はユニクロとか着てたと思う。おまけにユニクロを、カジュアルなので冠婚葬祭の場には不向きだが、普段着としてはそれなりの価格の服だとすら思っていた。
「このコートはいただきものなので値段はわかりません」
 やばい空気を感じて萎縮しながらボソボソと答える。
「お仕事は?お給料は毎月どのくらいですか?」
 ごめんなさい、これでも大学生です。通っているかどうかは別として。
 賢明な読者諸君ならお気づきであろうが、健全な精神状態の人間は普通、キャッチセールスにこれほどあっさり騙されたりしない。この時の私は、もうバイトすらまともにできない状態だった。お仕事もお給料も私の辞書の中では墨塗りされた言葉だった。
 お姉さんはとにかくあらゆるところに目をつけて、私が本当はお金を持っているという事実を突きつけようとする。これがプロの仕事なのだ。でもどれだけ頑張ってもそのような事実はないのでどうしようもない。逆さにして振ってもデパ地下の試食を昼食にすることで浮かせた昼食代を趣味に使ったお釣りの1円玉が数枚しか出てこない。乗り物酔いしやすい体質だから、もしかしたら胃の中のものくらいは口から出てきたかもしれない。
 あくまで化粧品メーカーとしてのブランドイメージを崩さないよう最上級のオブラートに包んだ「カネ持ってるんだろジャンプしてみろよ」攻撃を受け続けてぐったりする私を見てようやく「こいつは本当にカネを持っていないただのバカだ」と悟ったお姉さんが、「ではお帰りください」と言う。マニュアルに従って出口まで付き添ってドアを開けてくれるものの、案内してきた時とは別人みたいに投げやりな声だ。時間を無駄にしたことに舌打ちしたいのをプロ根性でこらえているのが手に取るようにわかる。
 帰りの電車の中で、私はなんだかとても惨めな気持ちになって、窓の外を眺めながら泣いた。

そういうことが昔ありました。