絶品日記

正しいカレーみたいなブログ

2018年5月20日

今日頑張ったこと
今日はもうほんとうのほんとうに生きてるだけで頑張ったと思う。

私の好きな小説の一節を抜粋しておきます。そのあとは愚痴なので読まなくていいです。ここだけ読んでいってください。

「信じていますとも。僕は神聖なる利己心を信じています!無慈悲を信じています!嘘を信じています!冷酷な心を信じています!
ーーそれだけじゃありません。
 僕はまた親切と友情、愛と慈悲心を信じています!僕はそれを実際に知っています。おそらくは、安楽な生活をおくっている多くのひとたちより、もっと多く知っていると思います」

エーリヒ・マリア・レマルク『汝の隣人を愛せ』より


世界が悪いものじゃないとか良いもののほうがずっと多いとかいう綺麗事じゃなくて、最悪だと斜に構えるのでもなくて、どちらもちゃんとあるということを認めてしまえるところが好きです。

ここから先は今日がつらすぎたという愚痴しかないよ。

私が昼食を摂ろうとしたタイミングで母親が特殊清掃業の特集番組を見始めたせいで食欲をなくす。
やめてほしいと抗議をしたところ母が機嫌を損ねる。今日は家の中で夕食を摂れないことになる。
疲れたので仮眠していたが先程の延長で機嫌の悪い母親の罵声で起こされる。父が母に加勢して、もう聞き取れないほどの罵声を浴びせられる。
夕食の時間なので近所の喫茶店に行ったが休業日だった。
一度家に戻って自転車を出そうとしたらパンクしている。それも不自然な穴からすごい勢いで空気が抜けているので、誰かが故意にパンクさせたらしい。
麺類や米はあれこれ連想してしまって食べられそうにないのでトーストを求めて貧血を起こしながら少し遠い喫茶店まで歩く。
帰宅すると外食について罵声を浴びせられる。

こういう一日でした。
母親の罵声を抜きにしても不幸が重なりすぎていた。
そして怒鳴り声というのはどれだけ聞いても慣れない。疲れる。

それでも、通りすがりのおじいさんがフラフラの私を心配して声をかけてくれたこととか、帰ってきてTwitterで楽しい話をしたこととか、そういうことで救われたので、私は今日も生きています。
そういうのをとてもありがたいと思ったので冒頭の引用をしました。つらい思いをしてよかったとは1ミリも思わないし、静かに幸せに暮らしたいけど、こういうありがたみは死ぬほど追い詰められないとわからないものだなあと思います。